対馬全カタログ
                     
 
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村 落 一 覧
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村 名
読 み
ひ と 言 紹 介
写真
上対馬
         
かわち
秀吉の朝鮮侵略の兵站基地となった
大 浦
おお 朝鮮とのパイプを活かし宗氏を支えた大浦氏の拠点
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わにうら 5月に咲くヒトツバタゴと小屋群が美しい
とよ 14代の時に屋形が置かれた、宗家ゆかりの地
いずみ かつて泉佐野(大阪)の漁師の鰯網漁の拠点
にしどまり かつて交易で栄え、いま漁業と観光で頑張る

ふるさと 国指定の史跡・塔ノ首遺跡がある
比田勝
ひたかつ  
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あじろ 日本最大級の漣痕(水流がつくったさざ波状の岩)
富ヶ浦
とみがうら  
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唐舟志
とうじゅうし 史跡公園「コフノサエ遺跡」がある
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津 和
つわ  
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はまぐす 入江の中に朝日山古墳と霹靂ヘキレキ神社
玖 須
くす 美しい玖須川の中流にたたづむ小村
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大 増
おおます 宗像神社
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舟 志
しゅうし  
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中 原
なかばる 舟志川沿いに2キロの紅葉街道
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ごにょう 村ごと引っ越してきた村。塔ノ崎の石塔の奇観は有名
茂 木
もぎ ナヒモフ号の金塊引き上げが沖で行われた
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きん 樹齢1500年といわれる大銀杏で有名
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芦 見
あしみ  
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ひとえ かつて巾着網で対馬一の賑わいを誇った
小 鹿
おしか 明治後期から昭和初期までゲンコツで賑わう
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上 県
          
にしのつや 西光寺のツツジと西津屋蕎麦が有名
さすな かつて海の関所があった、北西部の中心地 
みなと 棹崎公園には対馬野生生物保護センターがある
友 谷
ともや  
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井 口
いくち 千俵蒔山にはかつて日本最前線の烽火台があった
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えこ 古代から中世まで北部対馬の勢力の中心地だった
深 山
みやま  
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仁田ノ内
にたのうち ここには北魏時代の仏像(日本最古の仏像)がある。
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中 山
なかやま  
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田ノ浜
たのはま 田代領からの入植者が開いた村
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したる 対馬のイネ伝来地。志多留貝塚で有名
いな かつて伊奈郡の中心。鯨組が経営された
こしたか 対馬最古の縄文遺跡は、考古学会では有名
御 園
みそ  
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犬ヶ浦
いんがうら 漁業中心の村。かつてイルカ漁で賑わった
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樫 滝
かしだき 仁田地区の中心。
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せた 新しいダムで洪水を克服し、伝統の競馬も再開
飼 所
かいどこ  
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鹿 見
ししみ  
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くばら 対馬にサツマイモを広めた原田三郎右衛門の里
女 連
うなつら  
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津 柳
つやなぎ  
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おうみ 段々畑が美しい
きさか 対馬の一の宮、海神神社がある
狩 尾
かりゅう  
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みね 弥生時代の遺跡が多く、当時の対馬の中心か
よしだ 対馬には珍しい農業主体の村。弥生遺跡が多い
賀 佐
かさ 対馬一の人口激減地。現在7世帯13人
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志 越
しこえ  
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志多賀
したか  
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さか 貝塚から縄文時代の狩猟・漁労具が出土。漁業の村S
くし  
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豊 玉
       
 
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めい  
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小 綱
こづな  
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大 綱
おおつな  
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志多浦
したのうら  
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佐 保
さほ  
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唐 州
からす  
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まわり かつては馬と鯨で有名、今は半農半漁を営みとする
みずさき 外来漁民が復興した村
貝 口
かいぐち  
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卯 麦
うむぎ  
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仁 位
にい  
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佐志賀
さしか  
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嵯 峨
さが  
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かいふな かつての交易の村も、今は真珠養殖に賭ける 
糸 瀬
いとせ  
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志 賀
しか  
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和 板
わいた  
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位ノ端
いのはし  
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千尋藻
ちろも  
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鑓 川
やりかわ  
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浦 底
うらそこ  
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横 浦
よこうら  
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塩 浜
しおはま  
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美津島
      
 
濃 部
のぶ  
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大 山
おやま  
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しまやま 石屋根の石の採石地だった
樽ヶ浜
たるがはま   
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久須ヶ浜
   
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たけしき 『万葉集』に歌われた浦は、いま自衛隊の村
ひるがうら  
黒 瀬
くろせ 安産の女神とされる新羅仏(重要文化財)がある
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洲 藻
すも  
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箕 形
みかた  
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吹 崎
ふくざき  
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加 志
かし  
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今 里
いまざと  
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尾 崎
おさき  
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賀 谷
がや  
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あかしま 明治の中頃から広島の向洋の漁師たちが定住した
よしがうら 江戸中期から鯨漁の拠点となった
鴨居瀬
かもいぜ  
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こぶなこし 地峡を越えて舟を乗り換えた古からの交通の要衝
畠 浦
   
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犬 吠
いぬぼえ  
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玉 調
たまづけ 古墳が発見され、古の村「玉調」の可能性高まる
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女護島
めごじま  
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久須保
くすぼ かがり松鼻遺跡
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緒 方
おかた  
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おおふなこし 1672年に島を分断した堀切水路が開通
けち 古代、対馬の中心地
たかはま 外来漁民が住み着いた延縄漁の村
根 緒
ねお  
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厳 原
       
あれ 雷神とオヒデリサマ(日照神)で有名
こもだ 元寇・文永の役(1274年)の主戦場
しいね 石屋根の小屋で有名な村
樫 根
かしね かつての銀山跡がある
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下 原
しもばる  
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床 谷
とこや 江戸時代、銀山で働く人たちのムラがあった
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若 田
わかた すずり石で有名な若田石の産地
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士 富
しとみ  
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日 掛
ひかけ  
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上 槻
こうつき  
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久根浜
くねはま  
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くねいなか 安徳天皇陵墓参考地がある。石屋根もある。
 
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つつ 対馬民俗の宝庫 
あざも 梶田富五郎翁の名とともに知られた定住漁民の村
内 院
ないいん  
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まがり 江戸時代半ばに筑前の鐘ヶ崎海士がつくった村
小 浦
こうら  
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南 室
なむろ  
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阿 須
あず  
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桟 原
さじきばら 厳原市街/
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みやだに 厳原市街/かつて武家屋敷の町で、石垣が多い
天道茂
てんどうしげ 厳原市街/ 
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中 村
なかむら 厳原市街/
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今屋敷
いまやしき 厳原市街/
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田 渕
たぶち 厳原市街/
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大手橋
おおてばし 厳原市街/
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国 分
こくぶ 厳原市街/
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久田道
くたみち 厳原市街/
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くた 藩の公用ドック「お船江」の遺構がある
内 山
うちやま  
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尾 浦
おうら  
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安 神
あがみ  
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久 和
くわ  
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